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金沢地方裁判所 昭和23年(行)12号 判決 1948年11月25日

原告

近吉三男

被告

石川県地方労働委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

小松製作所労働組合退職者同盟が、株式会社小松製作所の為した従業員六百七十六名の解雇を労働組合法第十一条違反であるとして提訴した件に付き被告が昭和二十三年七月十四日為した「労働組合法第十一条の違反ありとは認め難いから同法第三十三条の処罰請求をしない」との裁定は無効であることを確定する。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求める。

請求の原因

訴外株式会社小松製作所は昭和二十三年四月上旬原告を含む六百七十六名の従業員に対し解雇の通知をしたので之を受けた従業員は同月九日小松製作所労働組合退職者同盟を組織して右解雇は労働組合法第十一条違反であるとして同月十三日被告委員会に提訴した処、被告は十九回の小委員会と九回の総会にかけ、慎重審議の上、昭和二十三年七月十日の総会に於て「本件の解雇は労働組合法第十一条に違反する。検察庁に処罰の請求をする」との裁定をすると共に違反事実及違反責任者の範囲程度に付同年七月二十日臨時総会を開き決定することになつた。右総会に於ては十五名の委員全部出席し票決に当つては労働者側委員永井泰藏は当事者的立場にあるので、票決に参加せず従つて公平を期する為使用者側委員も一名票決に加はらず結局十三名の委員で票決し、八対五で前記の裁決がなされたものである。次で同月十一日の全員協議会で処罰請求の責任者として矢野信彦外二名、被害者として、東元吉數外四名を大体定め此れを基礎として松井委員外数名が処罰請求の案文を作ることになつた。然るに被告委員会会長笠森傳繁は七月十三日期日を繰上げ、突如文書で「小松製作所問題につき翌十四日午後三時から全員協議会を開く、其の後協議会は総会に移行するかもしれぬ」との通知を永井泰藏委員を除く全委員に発し、同日の総会に於ては冒頭労働者側委員から永井委員の欠席に付質問したるに会長は通知済であると虚偽の答弁をして議事に入つたが、次いで処罰請求をする旨の裁定は確立し居るに拘らず前記の起案に当つた松井委員が案文作成に当り証拠を確立することが出来なくなつたので処罰請求をしないことに裁定すべき旨の新提案を為し而かも七月十日の総会では公開で賛否の票決をとる公明な方法が採られたにも拘らず七月十四日の総会では会長より全員協議会の討論の模様から違反の事実なしとの意見が多数と認めるとの極めて不明朗な方法で裁定をなすことを提議し、遂ひに少数の反対意見はあるが多数で賛成し、決定したものとの会長の認定に依り請求趣旨に記載する様な裁定を成立させた。然し右の裁定は次の理由に依つて無効なるものである。即ち

(一)、労働委員会が労働組合法第十一条違反の提訴に対し、与える裁定は一種の裁判であつて確定力を有し当該裁決をした委員会は之れに拘束せられ自由に変更することは許されない従つて前記七月十四日の裁定は無効である。

(二)、七月十四日の総会は永井泰藏委員に対し、招集の通知をしなかつたから総会は有効に成立しない。従つて右総会に於ける裁定は無効である。

(三)、裁定をするに当り賛否の数が必ずしも明確でないに拘らず票決の方法に依らず前叙の様に会長の認定で多数と決したが、右は労働委員会の議事規則である労働組合法施行令第四十一条に違反して居るから裁定は無効である。

(四)、前記七月十日の裁定は慎重な審査と公明な票決によつて成立した極めて妥当なものであるに拘らず其の後何等裁定の基礎となつた事実関係に増減がないのに首肯しうる理由もなく之れを覆す様な裁定をすることが其の裁定の客観的に不当なことを推量させるものである。

本件解雇に当り会社側は低能率を基準として総合的に勘案して決定したと発表して居るが実際解雇された者の内には、能率勤怠の点では解雇される順位でない者が大多数で優良工員として表彰された者も、原告、今出正一、他十数名居るのである。他面に解雇を免れた者の中には解雇されたものより遥かに低能率のものが多数居る。そして解雇された者は大多数が労働組合活動に熱心で、積極的であつたものが又は此等の者と親しい間柄にあるが親族関係にあるものである。

従つて本件解雇は組合活動をしたことを理由として組合活動を弱体化する為になされたものであることは疑ふ余地がない。従つて本件裁定は労働組合法第十一条違反の事実があるに拘らず斯る事実が無いものとして処罰請求しないと謂ふので其の内容が違法不当なものであるから無効である。尚指定代表者松井順考は弁護士であり、且被告委員会の委員として本件裁定に関与したであるから弁護士法の法意に徴し、本件訴訟に於て実質的に訴訟代理人として訴訟行為為すことを得ないものであると述べ、

被告の答弁に対して被告委員会の七月十四日の総会の裁定に依つて原告は憲法上保障されて居る労働権及労働組合活動の自由権並に此れから分出する一切の私法上公法上の権利を侵害されて居るのである。労働委員会が労働組合法違反の提訴に対して為す裁定は一種の裁判であるが、行政機関である被告委員会の為した裁定は終審であり得ないことは憲法第七十六条の保障するところであるから司法裁判に対し、其の有効無効の審判を求めることが出来るものと謂ふべきであると附陳した。(立証省略)

被告訴訟代理人は主文掲記の様な判決を求め答弁として、訴外小松製作所が原告主張の日其の主張の如き従業員を解雇した結果原告其の他の従業員から被告委員会に対して、原告主張の如き提訴を為した事。被告委員会は、昭和廿三年七月十日の総会に於て原告主張の様な票決方法に依て其の為した事は主張の様な裁定を認める。然し右決定では労働組合法第十一条違反事実の範囲及違反責任者を具体的に確定しないで其の吟味を続ける事にして一応決定したもので、外部に公表したものでない。次で同月十三日被告委員会長から原告主張の様な文書に依る総会招集の通知を発し、翌十四日全員協議会を開き次で総会に切替へられた事、総会に於て労働者側委員から永井泰藏委員に対し招集の通知を発したか否かの質問があり会長から通知済であると答弁した事実該総会に於て組合法違反の事実の有無を再議に附した事実右総会は非公開で行なわれ永井泰藏委員は欠席した事、及右総会に於て原告主張の様に票決の方法に依らず会長が多数意見と認定して決議とする方法を採り、本件解雇は労働組合法第十一条違反の事実ありとは認め難いから処罰の請求はしない旨の決定をし此の決定は被告委員会から関係者に夫々通知し且公表せられたたとは何れも此れを認める、然し次の如き理由に依り原告の請求は認容することの出来ないものである。

(一)、原告は訴の利益を有しないものである。労働委員会の決議は職権に基き為すもので原告の提訴を要件として為されるものでない又民事上に於ても刑事上に於ても裁判所、検察庁を拘束するものでなし、又右決議に依つて原告は少しも其の具体的権利を害せられて居ない。単に労働権とか労働組合活動の自由と謂ふ如き抽象的のものは訟訴に於て救済を求むべきものでない。

従つて本訴は不適法である。

(二)、労働委員会は一度決議しても後之を取消変更することは自由であつて毫も先の決議に拘束せられるものではない。

(三)、永井泰藏委員に対して文書に依る招集通知はしなかつたけれども昭和二十三年七月十四日電話で被告委員会事務局へ来局を求め、同事務局で会長から直接に口頭で小松製作所解雇の件に付全員協議会の開催中であること、右は総会に移行する予定であることを告げてあるのである。尚本件に付いては右委員は被解雇者の一人で原告と共に提訴をした人の一人であるので同年四月二十三日の臨時総会で、本件に関する限り委員として発言しないことを申出で次で同年五月二十日の定時総会で委員として決議及審議を遠慮する旨申出て居るものである。石川県地方労働委員会運営規程第六条及之に依る昭和二十三年三月十三日申合に依つて決議に利害関係を有する委員は遠慮することに定めてあるのである。

(四)、七月十四日の総会の決議の主体は検察庁に対して処罰の請求をしないと謂ふ点にある本件解雇が労働組合法に違反すると認め難いと謂ふのは其の理由を為すものである。労働委員は違反ありと認めても事情により賞罰請求をしない旨の決定をすることも出来るのであつて決議は委員会の自由裁量行為である。

裁判に依つて効果を争ふべきものではない。と述べた。(立証省略)

理由

訴外株式会社小松製作所が原告主張の日頃原告を含む六百七十六名の従業員を解雇したので、原告其の他解雇せられた従業員は被告委員会に対して原告主張の趣旨の提訴を為したこと、被告委員会は昭和二十三年七月十日の総会に於て原告主張の様な決議を為し次で同月十四日の総会に於て右決議の趣旨と反する「労働組合法第十一条違反の事実があるとは認め難いから検察庁に対して処罰の請求はしない」旨の決議を為したことは就れも当事者間に争のない処である。被告は右決議に依つて原告は毫も権利を侵害せられて居ないから、訴の権利保護要件がないと主張するけれども労働組合法第十一条違反の犯罪ある場合に於て検察官が公訴を提起する為には労働委員会の処罰の請求あることが、法律上の前提要となつて居るのであるから右犯罪行為に依る被害者は処罰の請求を為すや否やに付重大な関心を有するものと謂わねばならない。公訴の提起に付き斯様な前提条件を要しない一般犯罪に依る被害者は公訴の提起に付き重大な関心を有するから法律は此の被害者の有する関心を認めて検察官等に対して、告訴権を与へたのであつて告訴を受けた検察官は公訴を提起すると否とは自由裁量に属するけれども右告訴に対して全く放置することは出来ないのであつて法律の定むる手続を誠実に履践することを要するのである。此れと同様に労働組合法違反の犯罪に依る被害者は労働委員会に対して処罰の請求に付審議決定を要すことを要求する権利を有するのであつて提訴を受理した労働委員会は之れを放置することが出来ないと解すべきである。そして法治国に於ける公の機関が一定の行為をする場合に於て其の行為を従ふべき法律其の他の規範が定められている場合は必ず此れに従ふことを要するのであつて、若し規範を無視した行為を為した場合には其の程度に依り、或ひは取消し得ることあり、或ひは当然無効となることがあるのであつて、公の機関に対して一定の行為を要求申請する権利を認められた者は訴願又は行政訴訟の方法に依り、斯る行為の取消を請求し又は行為の無効確認の裁決又は裁判を求めて、以て自己の権利の実現をはかることが出来るものと解すべきである。本件に於て原告は訴外小松製作所より解雇せられ而も該解雇が、労働組合法に違反するとして被告委員会に対して処罰の請求を為すべき旨提訴した者であるから若し被告委員会の此れに対する処分が法律其他の規範に違反する場合は其の取消又は無効確認の裁判を求めることが出来るのであるから本訴は被告の主張する様に不適法な訴と謂ふべきではない。

仍て本件決議が無効であると謂ふ原告主張の理由に付いて順次取調べる。(一)原告は被告委員会は昭和二十三年七月十日の総会に於ける決議に拘束せられるものであるから同月十四日の決議は無効であると主張するけれども労働委員会が処罰請求を為すや否やの決議が当該委員会を拘束するが如き規定は無く寧ろ前決議が否なりと解せらるる場合は右決議に依る公訴に付確定の判決ある迄は、自由に取消し得るものと解すべきであるから原告主張の(一)の理由は採用する事が出来ない。(二)次に永井委員に対して七月十四日の総会の招集の通知をしたか否かを審理すると被告代表者笠原傳繁本人訊問の結果に依れば総会の当日全員協議を開催し、総会に移行する事が予定せられて居る時に被告委員会事務所で会長と永井委員とが面談した際に会長から同委員に対し本件事案を審議の為に全員協議会が開催中であること総会に移行する予定ある事を告知した事を認める事が出来るのであつて此の点に関し、証人永井泰藏は総会開催のことを聞知したことはないと証言して居るけれども右は面談の時間が短く、且協議会の模様にのみ関心を寄せた結果忘却したものと認める他ない。そして右永井委員に対する招集の通知は他の委員に対する招集と異なるけれども労働委員会の各委員に対する招集の通知に付て、一定の方式が決定せられて居る訳でないから、社会の通念に照し相当と認められる方法で告知すれば良く特に或る委員に対し、委員としての活動を不可能にする程度のものでない限り、各委員に対して同一方式の通知を発しなくとも良いものと解すべきである。本件に於て被告委員会長が永井委員に為した通知は、同委員が本件決議に対して委員としての活動に支障を与へたものと認める様な事情は、証人永井泰藏の証言、其の他全証拠に徴して認めることが出来ないから、原告の(二)の理由も亦採用出来ない。次に(三)の理由を審理するに成立に争のない乙第五号証と被告代表者本人の供述に依れば、七月十四日の決議は票決の方法に依らなかつたことは、原告主張の通りであるが、同日の総会には永井委員を除く全委員出席し居り出席全員は議決の方式に関して票決の方法に依らず会長が多数の賛成ありと認めて決議を成立させる方法を採用することに付異議なかつたことを認めることが出来る。而して労働委員会が、議決を為す方式に関しても法律は票決の方法を採ることを強要して居るものでなく多数の意見を確定する方法として適当である限り具体的の方式は委員会に一任して居るのであるから、原告の(三)の理由も亦採用出来ない。原告主張の(四)の理由は要約すれば、小松製作所の解雇は労働組合法に違反するものである。被告委員会が、此の客観的に現在するものを認め難しとして処罰の請求をしない旨決議したのであるから該決議は無効であると謂ふに帰着する。労働委員会の決議の内容自体が強行的法規に違反する場合若くは、著しく条理に反する場合(即ち決議的内容自体が相互矛盾する場合)には該決議は無効となり又は取消すべき場合も生ずるけれども原告の(四)の理由は此れと異つて決議の内容が客観的事態に適合せず、即客観的事態の誤認があると言ふのであるが委員会の決議は之れを構成する委員個人の意見の多数の合致に依つて成立するものであつて、各委員個人が自己の意見に到達するに付き如何なる資料に依り如何なる推論に依るべきかに付いては別に法規を以て方式を定めてないから委員多数のものが違反事実を認め難しと思料し、其の理由に基き処罰の請求をせずとの意見に一致すれば其れは委員会の決議として有効に成立し、之れを無効とすべき理由は毫も存在しない。法律が労働組合法違反の犯罪に付労働委員会の処罰の請求と謂ふ制度を設けたのは労資双方の委員及中立側委員をして或ひは協力し、或ひは各個人自由に審究し討議せしめた結果に依る多数の意見の合致を以て公訴提起の前提とすることが斯る特殊な犯罪に適当であると認めたからに依るのであつて、委員会をして客観的事態に対し有権的に法律関係を判断し、確定させようと謂ふ趣旨ではないからである。尚松井順孝が指定代表者として訴訟行為を為すことは弁護士法の禁止するところでないのみならず本訴に於ては常に被告代表者が訴訟行為を為して居る。

以上説示の様に原告の本件決議を無効とする理由は何れも其の理由がないので、原告の本訴請求を棄却し訴訟費用の負担に付き民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

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